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浄土寺について

ABOUT JODOJI

浄土寺について

千四百年の歴史と、国宝の伽藍。港町尾道とともに歩んできた祈りの山を、深くご紹介します。

転法輪山 浄土寺は、尾道水道を見下ろす山の中腹に伽藍を構える、真言宗泉涌寺派の大本山です。寺伝では飛鳥の御代、聖徳太子の開基と伝えられ、境内には国宝の本堂と多宝塔をはじめ、鎌倉末期から江戸時代にいたる建築が今も高い密度で残ります。足利尊氏が戦勝を祈願した寺として、また港町尾道の歴史をいまに伝える文化財の宝庫として、千四百年の祈りを受け継いでいます。

01 HISTORY

浄土寺の歴史 — 千四百年の縁起

飛鳥の伝承

寺伝によれば、浄土寺の始まりは推古天皇二十四年(616)、聖徳太子の開基にさかのぼると伝えられています。正式な寺号は「転法輪山大乗律院荘厳浄土寺」。山号の「転法輪」は、仏の教えが車輪のように転じ広がっていくさまを表しています。

撮影:村上宏治 転載禁止

木造聖徳太子立像(重要文化財)。開基と伝わる太子への信仰は中世を通じて続いた

山門越しに望む尾道水道。再興を支えたのは尾道浦の人々だった

定證聖人による再興

鎌倉時代の末、永仁六年(1298)に奈良・西大寺系の僧、定證(じょうしょう)聖人がこの地を訪れたとき、寺は住持する僧もないほど荒廃していました。聖人は再興を発願し、嘉元元年(1303)から嘉元四年(1306)にかけて、尾道浦の大檀那・光阿弥陀仏らの援助を受けながら金堂・食堂・僧房などを整備。盛大な落慶供養が営まれたと縁起は伝えています。この再興こそが、現在につながる浄土寺の歴史的な出発点です。

炎上、そして中世伽藍の成立

再興なった伽藍は、正中二年(1325)の大火でことごとく焼失します。しかし尾道の邑老・道蓮と道性の夫妻が翌年ただちに再建を発願し、本堂が嘉暦二年(1327)、多宝塔が元徳元年(1329)、阿弥陀堂が貞和元年(1345)に相次いで再建されました。今日、国宝・重要文化財として境内に立つ中世建築の核は、この時期に成立したものです。火災からわずか数年での再建は、当時の尾道の港町としての経済力と、人々の信仰の厚さを物語っています。

大火の数年後に再建された本堂・多宝塔が、今日の国宝伽藍の核となった

方丈の広縁。中世の祈りの空間の背後に、近世の接客の空間が加わった

近世 — 接客と茶の湯の空間

江戸時代に入ると、方丈(1690)、唐門(1712頃)、庫裏及び客殿(1719)、宝庫(1759)などが整備され、中世の礼拝空間を囲むように、儀礼・接客・運営を担う近世の空間が加わりました。文化三年(1806)には長谷川千柳による庭園が作庭され、文化十一年(1814)には茶室・露滴庵が向島の富島家から寄進・移築されています。浄土寺は「古い堂塔が点在する寺」ではなく、中世から近世へと更新され続けてきた、生きた複合寺院なのです。

平成の大修理

平成20年(2008)からは重要文化財建造物群の5ヵ年にわたる大修理が行われ、平成27年度には「平成の大修理 完成記念」展が開催されました。

平成の大修理の様子

CHRONOLOGY

略年表

616

寺伝上の創建(聖徳太子開基と伝承)

1298

定證聖人が来訪。当時、寺は荒廃

1303–1306

定證聖人が再興を主導

1325

大火により諸堂宇焼失

1327

本堂再建(現・国宝)

1329

多宝塔再建(現・国宝)

1336

足利尊氏が戦勝祈願、法楽和歌を奉納

1345

阿弥陀堂再建(現・重要文化財)

1690–1759

方丈・唐門・庫裏及び客殿・宝庫を整備

1806

庭園作庭(長谷川千柳)

1814

露滴庵を移築

1968–1973

昭和の大修理

2008–2015

平成の大修理

02 ARCHITECTURE

伽藍と建築 — 中世の核心、近世の広がり

参道の石段を上がると山門が迎え、その先の前庭に本堂・阿弥陀堂・多宝塔が並び立ちます。背後には方丈・庫裏及び客殿・庭園・露滴庵が控え、さらに浄土寺山の奥の院・展望台へと、空間は山へ垂直に伸びていきます。
海側から寺の正面性がはっきりと立ち上がるこの構えは、町から海へ開く尾道の景観の中でもひときわ印象的です。

国宝 本堂

国宝

本堂

嘉暦二年(1327)再建。桁行五間・梁間五間、入母屋造、本瓦葺。和様を基調に唐様・天竺様を取り入れた折衷様式の代表例と評価されています。正面二間通りを外陣、後方を内陣とする密教式の平面をもち、真言密教寺院の本堂として日本の中世密教本堂を代表する建築のひとつです。

国宝 多宝塔

国宝

多宝塔

元徳元年(1329)再建。初重が方形、上層が円形という多宝塔特有の構成をもつ、鎌倉後期を代表する塔です。蟇股・花肘木・木鼻などの細部に当初の部材をよく残し、全体の均整の良さは高く評価されています。現存する瓦葺の多宝塔として日本最大級かつ最古級。相輪の内部に法華経などが納められていたことが知られており、この塔が単なる景観ではなく、供養と結縁の装置であったことを伝えています。

重要文化財

阿弥陀堂

貞和元年(1345)再建。桁行五間・梁間四間、寄棟造、本瓦葺。南北朝期に建てられた格式の高い和様阿弥陀堂で、縁板の並べ方などに住宅風の意匠と仏堂の意匠が交錯する見どころがあります。

重要文化財

山門

室町前期の四脚門。切妻造・本瓦葺。参拝動線の結節点として、境内への入口の格式を担っています。

江戸期の施設群

いずれも重要文化財

方丈(1690)・唐門(1712頃)・庫裏及び客殿(1719)・宝庫(1759)・裏門(江戸後期)。中世の核建築が礼拝と象徴を担い、これら近世の施設群が接遇と運営を担う——この二層の構成こそ、浄土寺という寺院の読みどころです。

方丈
方丈
唐門
唐門
庫裏 板の間
庫裏 板の間

03 CULTURAL PROPERTIES

文化財 — 建築から文書まで

浄土寺の文化財は建造物にとどまらず、庭園・彫刻・典籍・古文書・工芸・絵画にまたがります。建築の遺構と文書の史料が同じ寺院の中で連動して残っていることは、全国的にも大きな価値をもちます。

撮影:村上宏治 転載禁止

GENJI SCREENS

市重要文化財

源氏物語図扇面貼交屏風

室町時代前半と推測 東京国立博物館寄託

源氏物語の各帖を描いた扇面を貼り交ぜた屏風。浄土寺の「源氏の寺」というイメージを形づくってきた作品で、港町尾道に集った文化の厚みを物語ります。

撮影:村上宏治 転載禁止

重要文化財

木造聖徳太子立像

鎌倉〜南北朝期の三躯。開基と伝わる太子への信仰が、中世を通じて生き続けたことを示します。

撮影:村上宏治 転載禁止

県重要文化財

文殊菩薩騎獅像

獅子の背に坐す智慧の菩薩。堂内の諸尊とともに、密教寺院としての祈りの空間を構成しています。

足利尊氏像

県重要文化財

足利尊氏像

建武三年(1336)、浄土寺に参籠して戦勝を祈願したと伝わる足利尊氏の画像。尊氏と浄土寺の深い縁を今に伝えます。

市重要文化財

安永の絵屏風

江戸・安永年間に描かれた浄土寺の姿を伝える絵屏風

LIST OF CULTURAL PROPERTIES

当山の指定文化財一覧

国宝
本堂(1327)・多宝塔(1329)・境内全域
名勝
浄土寺庭園(1806作庭)
国重要文化財
阿弥陀堂・山門・露滴庵・方丈・唐門・庫裏及び客殿・宝庫・裏門
国重要文化財
木造十一面観世音菩薩立像(秘仏)、木造聖徳太子立像、石造納経塔、絹本著色両界曼荼羅図 他12点
県重文
木造阿弥陀如来座像、絹本著色弘法大師絵伝、絹本著色足利将軍画像、大太鼓、後醍醐天皇綸旨 他18点
市重文
木造不動明王座像、紙本著色尾道絵屏風、紙本金地著色源氏物語扇面張屏風等 他20点

04 GARDEN & TEA HOUSE

庭園と露滴庵 — 茶の湯の空間

露滴庵

名勝

浄土寺庭園

方丈と庫裏に囲まれた庭園は、文化三年(1806)、長谷川千柳の作庭による築山泉水庭です。中央の滝石組、白砂敷、そして露滴庵へと続く露地の構成をもち、作庭者と年代、改修履歴(平成十一年・1999改修完了)が明確に判明している、史料性の高い庭園として名勝に指定されています。

重要文化財

露滴庵

露滴庵は三畳台目の茶室で、桃山系の茶室意匠を受け継ぎます。伏見城由来の伝承をもち、文化十一年(1814)に向島の富島家から寄進・移築されました。中世の祈りの空間のすぐ背後に、近世の茶の湯の空間が息づいている——浄土寺の奥行きを最も感じられる場所のひとつです。

05 ASHIKAGA TAKAUJI

足利尊氏と浄土寺

建武三年(1336)春、京での戦いに敗れ九州へ下る足利尊氏は、浄土寺に参詣し、本尊十一面観世音に戦運の挽回を祈願して寺領を寄進しました。同年五月、体勢を立て直して東上する際にも再び参籠し、一万巻の観音経を読誦、観世音法楽和歌三十三首を奉納したと伝えられています。この和歌は「紙本墨書観世音法楽和歌」として現存し、重要文化財に指定されています。

尊氏はこの後、湊川の戦いを経て室町幕府を開きます。浄土寺が「必勝祈願の寺」として親しまれるのは、この故事に由来します。隔年8月18日に奉納される吉和太鼓踊りも、寺伝では尊氏の戦勝祝賀に由来するとされ、港町尾道と浄土寺の結びつきをいまに伝える行事です。

06 FAITH & TODAY

信仰といま — 祈りの現役の寺として

浄土寺は観光の名所であると同時に、いまも日々の祈りが続く現役の祈願寺です。真言宗泉涌寺派の大本山として、護摩・加持といった密教の実践が受け継がれています。

年間を通じては修正会・大般若・星祭節分会・春観音まつり・施餓鬼法要・土砂加持法要・三千仏名会などの行事が四季を彩ります。

また、中国観音霊場第九番札所であり、尾道七佛めぐりでは「必勝祈願の寺」として巡拝の人々を迎えています。

中国観音霊場 公式サイト →

尾道七佛めぐり 公式サイト →

毎月のおつとめ

1日・16日

聖天供

8日

薬師講(お薬師さん)

第3日曜日

万願経祈願会

第4日曜日

不動護摩供